Whyを問い続けるESG経営 -ESG経営フォーラム2019

2月20日、六本木ヒルズにて、Japan Times ESG推進コンソーシアムによる「ESG経営フォーラム2019」が開催されました。

Japan Times ESG推進コンソーシアムは、日本企業のESGの取り組みを海外へ英語で発信し、企業の認知度を高めることを目的として、株式会社ジャパンタイムズにより2018年1月に設立されました。PRIジャパンヘッドの森澤充世氏を座長とし、アドバイザリーボードには、加藤隆俊氏(公益財団法人国際金融情報センター 顧問)や渋澤健氏(コモンズ投信株式会社 会長)の名前が並びます。

同コンソーシアムでは年1回程度のシンポジウムによる情報発信を行っており、今回の「ESG経営フォーラム2019」は、日本のESG経営を世界に向けて発信することを目的として開催されました。

ESG/CSR関係者が会場に詰めかけた
冒頭、鈴木けいすけ財務副大臣は「今年日本で開催されるG20において、TCFDや企業の情報開示をどのように進めていくのかが議論される予定。ESGはスコアリングによって異なる数字が出てきている状況で、マーケットが混乱しかねない。統一的なESG評価の基準つくりを進めなくてはいけない。日本だけではなく欧州やアジア他の国との整合性を持ったフレームワーク作りを行う必要があるだろう。メディアの発信もESGの推進に重要。本日はESGを取り巻く制度がどのような方向にいくべきか、また、プレイヤーとしてどのような制度・環境づくりを期待するか等を議論頂ければ幸い。」と挨拶。

激動の時代に必然なESGと情報開示

その後は、玉木林太郎・国際金融情報センター(JCIF)理事長による「気候変動とビジネスの課題」と題した基調講演が続きます。冒頭、「ESGは理念を追求しているのではなく、最終的には経済的リターンとして返ってくることを想定しているもの。長いパースペクティブをもった経営である」とESG経営を定義した上で、気候変動、デジタル化、人口動態等我々を取り巻く世界は激しく変貌しようとしていると述べます。
今までの延長線上に社会システムがない、激動の時代においては、長いパースペクティブをもたないとリスクが大きく、四半期ごとでは経営の本質は見えない。これがESGにスポットライトが当たっている理由。だから、CSR(企業社会的責任)やエシカル投資(倫理的、道徳的な課題に責任を持って取り組む社会的貢献度が高い企業への投資)とは全く別物」と説明しました。
玉木氏によれば、気候変動、デジタル化、人口動態といった地殻変動は、適合できるものとそうでないものとに個人・社会の格差を広げていくものであって、気候変動問題は企業にとっても生きるか死ぬかの問題であるとのこと。序盤から聴衆の目を覚まさせてくれます。
玉木JCIF理事長
玉木氏が考える気候変動とビジネスのポイントは次の3つです。
  1. 脱化石燃料のビジネスへの影響
    • 今のビジネスのままでいいのか?を考える必要がある。人々が化石燃料を使わなくなる未来に何が求められるかを将来から逆算して考える
    • 国内だけではなく海外も見る。特に中国・インドなど新興国の動き。先進国はすでに出来上がった(化石燃料ベース)システムの中でビジネスが行われている。新興国は化石燃料ベースでない社会経済システムをこれから作ることが出来る。だから先進国であることはハンディになりうる。
  2. 気候変動(ESG)に対応できているかということが、企業のreputationにとって極めて重要になる。これまでのサプライチェーンはコスト最小に価値があったが、これからは距離最小、環境負荷最小に価値が付く。
  3. 企業による情報開示が、投資家をひきつけ、さらなる資金調達をするために欠かせないものになる。TCFDもその一つ。
これほど大きな転換点にいるため、市場も転換するべきですが、市場が機能していない理由として、玉木氏は「温室効果ガスの排出に値段がついていないから。」と述べます。「現在は排出し放題であるが、値段さえつければ、温室効果ガス排出がコストになるので、真剣に取り組むようになる。」として、炭素税、排出権取引の導入を提案しました。

ESG投資は理念ではなく必然

続いて、髙橋則広・年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)理事長は、「ユニバーサルオーナーとしてのESG投資」と題して講演。150兆円以上の資産運用を誇る同法人は、100年後を視野に入れた年金財政の一翼を担い(超長期投資家)、広範な資産を持つ資金規模の大きい投資家(ユニバーサル・オーナー)として、世界の資産運用に多大な影響を持っています。

髙橋則広GPIF理事長
髙橋氏によれば、「広範な資産を運用しようとすると、どこか特別すぐれた会社にまとめて投資するわけにいかず、世界中のほぼすべての会社に投資せざるを得ない。超長期投資を行うのも、投資規模と年金という性格上、必然とそうなる。」とのこと。

世界中の企業に投資するGPIFは、負の外部性(環境・社会問題等)を最小化し、市場全体が持続的かつ安定的(サステナブル)に成長することが自分たちの事業継続に必須であるためにESG投資を行っているという点は、玉木氏の「ESGは理念ではない」と重なるところがありますね。
エコファンド等、かつて理念に共感して注目を浴びた商品がいくつかありましたが、一過性のブームで終わってしまったものが多くあります。環境・社会問題という外部性の変化が私達の生活や企業のビジネスに直接影響を及ぼす事態になって、今度こそESGに真剣に取り組まないといけない、という動きになっているのかもしれません。

その他、髙橋氏の講演のポイントを簡単にまとめます。
  • ガバナンスを評価する側である運用会社やインデックス開発企業もガバナンスをきちんとしなくてはいけない。
  • 主要上場企業の温室効果ガス排出量は、公益事業、素材、エネルギーの3業種で75%以上を占めるので、ここを変えるべき。但し、これらの産業で作られたエネルギーや素材などを使うことによって、成立できている産業も多い。 
  • 2016年より、統合報告書の評価・ランク付けを開始。情報開示をきちんと行わないと評価されないという結果になり、情報開示促進へのインパクトが大きかった。ある会社がランクインされると、競合相手の経営層が焦る。そうして経営層がESGに関心を持つようになることが大事。
  • ESG投資は長期的なリターン獲得を目指すものであり、長期間続けないと本来的には効果は分からない。但し、取り組みの方向性を確認するためにも効果を定期的に件そうして、ESG活動報告書を作成している。そうすることで独りよがりにならないように気を付けている。

サステナビリティ経営の5つの課題と解決策

特別講演では、青井浩・丸井グループ代表取締役社長が「サステナビリティ経営を目指して」と題し、ESG経営の5つの課題と解決策についてお話されました。

課題1 ESGは企業価値につながるのか
丸井グループと競合他社(小売り、金融)との株価推移を比較し、競合他社は株価が利益の伸びを下回っているものの、丸井グループは利益成長を上回る株価の評価がついたことから、「ESGが評価される、ESGプレミアムがつくマーケットになってきているのでは」と述べました。

課題2 コスト増の問題をどうするか
実店舗を多く構える丸井グループでは、電力が温室効果ガス排出量の8割以上を占めるとのこと。そこで、RE100へ加盟し、みんな電力との業務資本提携やRE100を通じたグリーンボンド発行をなどの取り組みを進めています。「環境への取り組みはコストが増えるのは確かだが、コストのままにしないで、(新たなビジネスの)機会として見て欲しい」と呼びかけました。

課題3 経営陣のコミットメントをどう得るか
「ESGは全てのステークホルダーに響く経営マターであるという理解が必要。例えば、未来の社員候補であるミレニアル世代が共感してくれることで、将来に向けた優秀な社員の採用につながる。また、丸井がすすめる『インクルージョン』の考え方に共感して出店してくれる取引先もある。」

課題4 どんな取り組みをすればいいのか
「環境(E)の取り組みは分かりやすいけど、社会(S)は分かりにくいかもしれない」と言いつつ、丸井グループが「インクルージョン」をビジョンとして、社内の女性活躍推進や障がい者雇用などから、老若男女問わずすべての顧客が楽しめる店舗づくり、LGBTを含めた性別を超えて楽しめる店舗づくりを進めていく例を紹介しました。

課題5 どうやって社内に浸透させるのか
「上意下達のマネジメントではなく、やりたい人、若手を支援していく。業績の向上ではなく価値の創造。社会課題は本業を通じて達成していく。等企業文化の変革が必要。」

青井丸井グループ代表取締役社長
事業会社のCSR担当者である参加者から「予算の制約の中ですぐに成果が求められることが多いのだが、どのように評価や取り組みを行っているか。」と質問が出ると、青井氏は「すぐに評価してもらえるものは情報開示。情報開示はすればするほどすぐ評価・成果が出る。草の根活動は長期でじわじわくる。そのバランスが大事。」と具体的な解を提示されました。

Whyを問うてPurposeを明確に

最後に、渋澤健・コモンズ投信取締役会長をモデレーターとし、玉木氏と青井氏によるパネルディスカッションが行われました。

渋澤氏が「ダイベストメントは大事な取り組みの一つだと思うが、GPIFはポジティブスクリーニングを行っている」としてダイベストメントに関する意見を求めると、玉木氏は「ダイベストメントをして株を手放すと、その売られた株を買う人がいる。株を手放すと何のエンゲージメントも出来ない。だから、ダイベストメント自体が問題を解決するわけではない。」とコメントした上で、GPIFが運用する年金の話へ。

「自分が払ったお金が老後にもらえると勘違いしている人も多いけど、年金は若者たちから高齢者層への巨大な仕送り。老後に自分がお金をもらえるかどうかは、その時の若者たちが経済活動ができて、お金を払ってくれるかによる。だから、自分さえお金をもらえればいいという利己的な考えでいると、若者たちの経済成長を妨げる結果になり、結局自分のお金ももらえなくなる。」と玉木氏。本セッションの本題からはそれますが、利己主義/利他主義と短期的/長期的視野を考えさせられるご意見でした。

続いて、渋澤氏が最近関心を持っているという社会的インパクト投資の評価測定に関して話が移ります。
顧客の「しあわせ」をすべてのステークホルダーと共に創る「共創経営」を進めている丸井グループの青井氏は、「しあわせ」の指標化について、「評価測定はサステナブル経営にとって必須。丸井グループは環境効率(少ないCO2でできるだけ使える)とサーキュラー(同じ売り上げであれば循環するものを増やしていく)の2つを指標にしている。」と回答。
玉木氏は「幸せというと多くの人はブータンを思い浮かべる。コミュニティの緊密さ、機会、ジェンダー、などお金以外のことを指標化していくことで、総体的にウェルビーイングを測っている。」と補足。
議論が深まるパネルディスカッション。右から青井氏(丸井グループ代表取締役社長)、玉木氏(JCIF理事長)、渋澤氏(コモンズ投信取締役会長)
渋澤氏が、「企業のミッションはWhat we do(何をするか)。一方、Purpose(目的)はWhy we do(なぜするのか)。」と述べると、青木氏は、先日オランダ滞在中に聞いた「Purpose driven」という言葉を紹介。

「Purpose drivenと対比するのはProfit driven。Profit drivenで経営判断をすると誤る、とオランダで言われたことに衝撃を受けた。Purpose drivenはWhy we doで考える。なぜやるのか。そうすると利益を含めた経営判断ができる。ESGはGが土台でEとSがあるといわれることが多いが、実はEとかSが進むことによってGが健全なものになっていくのでは。Whyを問うていくとEとSからGにつながるはず。」

それに続いて玉木氏も「良い人材を取りたければ、Purposeを明確にすることが必要。そうすると労働人口のミレニアル世代に響く。ミレニアル世代は、収益を上げることよりも社会課題の解決に関心がある。一方で、なぜこれが政策に反映されないかと言うと、投票率を見たときに半分が50台後半。ミレニアル世代の風潮が上の世代に伝わっていないという現実がある。」と日本の大きな問題である若者の政治参加の低さを指摘しました。流れを変えるには、政治参加は重要ですね。

最後に、渋澤氏は、「2020年以降はものすごいスピードで人口動態が変わる。団塊の世代が入れ替わる。我々は時代の節目にいる。今日のフォーラムは大変勉強になったが、実際、解がない問題ばかり。Whyを問い続けることが重要。」と締めくくりました。


環境問題から年金問題や政治参加、社会的インクルージョン、ブータンの幸せ等、ESGをベースに様々なイシューに議論が広がった今回のフォーラムでした。

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